平成男子

文系学部新卒SIerです。

もし夏目漱石が2020年東京オリンピックを現段階で評価するならば、きっと口にするであろう一言

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漱石と言えば、「月がきれいですね」という言葉が有名だ。
しかし今はそんなロマンチックを語っている場合ではない。

 

2020年、オリンピックが東京で開催することが決まって、日本の魅力を伝えるチャンス、期待の大きい経済効果と多くの国民が結束し、共に喜んだのも束の間であった。

 

新国立競技場問題から始まり、五輪エンブレムのパクリ事件、会場の建設費用問題、東北の震災復興、少子高齢化等の社会問題という不安要素の枚挙に暇がない。

 


オリンピックを単体の事柄として考えることはできず、

日本創生財政収支の黒字化という2つの相反する課題を同時にこなさなければならないものであり、これが私達の未来であることは間違いない。

 

 


もし、こんな状況下で夏目漱石がいるならば、きっと彼はこう言うであろう。

 




「自己本位」

 

 



これは「月がキレイですね」に匹敵する、いや、それ以上に有名な言葉である。
自己本位ってなんだろうか。漱石の経歴を少しばかり振り返りながら話しましょう。

 



漱石はイギリス留学によって当時の西洋社会を支える個人主義を身を以て学んだ日本の第一人者と言っていいでしょう。
道徳や儒教を中心とした学問と江戸時代の価値観の中で生きた彼は欧米社会における制度や価値観の違いに葛藤します。

 


英国の文化や政治制度といった文明は、清教徒革命や名誉革命などの市民革命などの歴史を通じて、自発的に形成されたものだと漱石は認識していました。それを漱石は「内発的な開化」と呼んでいます。

 

一方で日本の文明開化は欧米諸国に侵略されないように、さらには欧米に追いつくために、欧米の学問や制度を取り入れた「外発的な開化」でした。
例えば、儒教や漢文といった教養は無駄なこととして、軍や警官に代表されるような固い制服も時代遅れだとして、簡単に捨てられました。

 



漱石にとって、いや彼だけでなく、きっと野口英世とか森鴎外とか幕末に生まれ、欧米の文明に関わってきた方々の多くに混乱をもたらしたはずです。
全く異なる価値観を目の前に平然と広げられて、我々が生きる社会は古いのか?我々のアイデンティティーとは何なのか?といった答えの不確かな危機感が襲うのですから。
詰まるところ、何が正しくて、何が間違っているのか、自分自身の判断に頼るところなく、他人に任せてしまう「他人本位」で国が前進したのです。
他人本位だと任せた相手が意向を変えれば、こちらも同様に変えていかなければなりません。そんな表面的な辻褄合わせはやめて、自分達で考えて、自分達らしいものを独創していこう、という考えが「自己本位」です。

 

 


自分達で考えて、自分達らしいものを独創していこう、という考えが「自己本位」です。


2020年東京オリンピックは日本における文明開化の第二フェーズです。

 



外発的な開化である「他人本位」な状態になっていませんか?
「オリンピックを招致する」とよく言ったけれども、本質的にはオリンピックは外から来るのではありません。
日本社会に合った、日本らしいオリンピックが国の内側から独創されるのです。

 


お金を掛けられないなら、最小限に費用を抑える。
アクセスや費用を考慮して、東北の震災復興に繋げる。
会場も要求されたように作るだけでなく、将来性を考える。
1964年のオリンピックのように速くて強いスクラップアンドビルドを繰り返す時代は終わりです。



もう少し自己本位になろう。ジャパン。